稼いだものを返せと言ってくるゲームを、私は好きになったことがない。取材でもそう答えるし、友人にもそう言う。そして、まさにそれをやる仕組みの設計書を書きながらも、そう言っていた。

気づくには、もう一つの仕組みを並行して設計する必要があった。

以前あったもの

プレステージはこのジャンルの通例どおりに動いていた。侵攻の終わりに到達し、周回を回すと、すべてがゼロに戻る。Crédito で買った強化も、残高も、象限と観測所の進行も。代わりにポイント、恒久のスキルツリー、次の周回を変える抽選のレリック、そして目に見える位が手に入る。

よくできた設計だ。同時に既定の設計でもある —— 私はその形が自分のものかを一度も問わずに写した。

兆しは机の反対側から来た

同じ時期に、私は農場を設計していた。家と牧場、放し飼いの esva、置ける装飾、壁に掛けるトロフィー。

農場は取っておくことについての仕組みだ。周回は返すことについての仕組みだった。同じ机の上に開かれた二つの文書が、互いに食い違っていた。

そこで私は周回を弁護するのをやめた。

いまのプレステージ

周期も、リセットも、プレステージするという行為もない。レベルが上限に届くと、入り続ける XP が 500 レベルの二本目の梯子を満たし、その梯子は 5 レベルごとに 1 ポイントを与える —— 上りきって 100 ポイントだ。そのポイントは 300 個の盤でノードを買い、あなたが選べるのはそのうち 100 だけになる。その選択があなたの道の形になる。

その盤のどれも、あなたを強く殴らせはしない。あるのは情報と利便、社会的な広がり、そして位である。プレステージはダメージの式に入らないし、入るべきでもない。

そして何もリセットされない。残高も、象限も、観測所も。最初から書きたかった規則が、いまや規則のすべてだ。

なぜ二つの仕組みは互いを必要としたか

プレステージは、レベルが止まったあとも回り続ける時計だ。農場は、その時間が目に見えるようになる棚だ。

片方だけなら仕組みの半分でしかない。頂上に何もない梯子は表計算であり、入れるものがない家はスクリーンセーバーである。二つは一緒に設計された —— どちらも単独では成立しないからで、私はリセットを外したあとにようやくそれを理解した。

トロフィーと、それがよく見えることになる正直な理由

農場では、どの生き物もトロフィーとして展示できる。台座の上のガラス覆いに収まった標本か、棚に置く小さめの一点だ。

ここははっきり書いておきたい。トロフィーは動かない。ガラスの下で静止した物体だ。そしてその一点だけで、中の生き物を私が届く限りコンセプトアートに近づけて描けるという意味になる —— 八方向もなく、方向ごとの三枚もなく、歩いている最中に 64 ピクセルでシルエットと可読性を取引する必要もない。

アニメーションは私のいちばん弱いところで、このゲームの視覚制作の全工程で最大の詰まりだった。すべての生き物は世界に存在する前にその工程を通らねばならず、途中で必ず何かが失われる。

農場はその損失が止まる場所だ。絵がそのまま届く唯一の場所であり —— 自分が何を得意でないかを正確に知っているからこそ存在する場所でもある。

まだ開いていること

300 のノードがそれぞれ何をするのか、そしてそれを選ぶ画面は、まだ公開していない。いま作っている部分だ。

すでに固まっているのは形である。一本目の上を走る二本目の梯子、それで何をしたかを見せる家、そしてリセットされるものは何一つないということ。